2019年12月10日火曜日

港町魚市場跡 (関内) 明治期に生鮮食品の市場が開設された場所

石碑「港町魚市場跡」は、JR「関内」駅南口を出てスグのところにあります。

横浜スタジアムすぐそばの立地。横浜の中心部。周辺は観光スポットも多いですネ。

場所はコチラのマップ(↓ 横浜中心部で観てまわった記念碑やパブリックアート一覧)に載せてます。



横浜市HPの以前のバージョンにも解説が載ってます(2019年12月10日時点ではまだ開けました)。
1874(明治7)年に高島嘉右衛門がこの地に生鮮食品の市場を開設。
当時は脇に川が流れていて、物流にも便利だった。1931(昭和6)年開設の中央卸売市場(神奈川区)へ移転した・・・・・・とのことですネ。

「港町市場を偲ぶ」
明治4年神奈川県令陸奥宗光が高嶋嘉右衛門に市場開設を許可す。
明治7年高嶋嘉右衛門はさらに船便良き港町に市場を移す。
明治42年高嶋嘉兵衛の代、横浜港町魚問屋組合長太田徳次郎は横浜食品市場株式会社を設立し、市場一切を買収し、水産物成果物問屋に店舗を貸し、日増しに繁昌せり。
然るに、昭和6年横浜市中央卸売市場開場に伴い、業者全部新市場に入場し、土地1270坪横浜市に譲渡せり。
本年は10月、50周年を目出度く迎えられる。・・・・・・

・・・コチラの石碑が建てられたのは横浜中央卸売市場を開設して50周年になる昭和56年ということです。

訪問年月:2019年11月

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